3月の伝道掲示板

亡き人を 案ずる私が 

亡き人から 案じられている

覺法寺便り  第7号

 

 まだまだ寒い日もありますが、春らしさを感じる機会が多くなってきました。日差しの温もりも真冬のそれとは違ってきています。分院の境内では、チューリップが芽を出し始めました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 さて、3月はお彼岸を迎えます。春のお彼岸は、春分の日を中日として前後3日、合わせて7日間営まれる仏事です。太陽が真西に沈むこの時季に経典に西方と示された阿弥陀様のお浄土(お覚りの世界)をいのちの帰依処と仰ぎ、また、先に往生を遂げられた方々に思いを馳せご遺徳を偲ぶ行事としおて定着したようです。

 お彼岸中は、どこの墓地もお墓参りの人でごった返しています。大規模な公園墓地周辺では交通渋滞も起こるほどの賑わいです。お墓参りをして先人方を偲ぶことは尊いことですが、それだけで終わらせてしまっては、勿体ないことだと思います。

お浄土は、阿弥陀様の本願(根本の願い・ご本意の願い)によってしつらえられた世界です。欲と怒りに翻弄されて覚りとは無縁の生き方しかできない私をなんとかして覚りの世界に生まれさせたいという願いを成就することによって建立された世界です。それは、私を必ず救うと誓われた大悲(仏さまの慈悲)の働きそのものです。

お念仏のみ教えに生きられ、阿弥陀様の世界にお生まれになられた方々の願いは「どうかお念仏申す身となってお浄土に生まれてきてくれよ」ということに尽きます。

昨年の夏の掲示板に「人間が死者に手向ける愛よりも もっと大きく確かな如来の慈悲がある」と掲示させていただきました。私たちが、先立たれた方を案ずる以上に阿弥陀さまは、私の身を案じていてくださいます。先人方も阿弥陀様と同じお心で私を「お念仏申す身となってくれよ、お浄土に生まれてきてくれよ」と願い詰め働き詰めでいてくださいます。亡き人を案じているつもりの私が、実は亡き人に案じられ阿弥陀様に願われ育てられる身であることに気付かせていただきたいと思います。

死んで終わりになるいのちと、往き生まれてゆく世界を恵まれて生き抜くこととは、大きく違う生き方となるのではないでしょうか。

覚法寺分院では3月20日(水・春分の日)午後1時より春季彼岸会をお勤めします。お墓参りの前後に御家族お揃いでお参りください。

合 掌

 

   平成25年3月1日

 

覺 法 寺